社会人の受験勉強で、最後に一つだけ強調しておきたいことがある。それは潤沢な資金を用意しておけということだ。社会人の場合、時間的にはどうしても、学生などと比べて、あるいは司法浪人などの人と比べて不利な境遇にある。それをカバーするものはといえば、どうしてもお金だろう。もちろん正社員の場合は、勤務しながらということになるのだろうが、お金を貯めておけば、多少の収入減にも耐えられるだろうから、可能な限り残業から逃げるべきだ。本気で受験を考える場合、会社を辞めてということもありうる(司法試験や医学部受験の場合はそういうこともあるようだ)。資金があれば、いい予備校にも通えるし、本代などにも糸目をつけなくて済む。まだまだ人生は長い。思い切り自分に時間もお金も投資して、資格であれ大学であれ、受験勉強を通じて、さまざまな可能性に挑戦してほしい。
特殊ケースとして志望校決定に関する項目を補足しておきます。塾は中学入試のパートナーであり、また塾には中学入試に関するさまざまな情報やノウハウもありますから、基本的には塾を信頼してその指示や助言を尊重しましょう。しかし親が疑問を感じるような志望校変更が提案された場合は要注意です。たとえば合格者数を確保する目的から強引に難関校受験をすすめるケースがあります。また入塾時に難関校合格を保証するような勧誘をしたのに見込み薄の場合や、『A中学対策クラス』などを設置している場合(「このクラスのなかから何人合格したか?」が注目されるので)、塾が強引に難関校受験を敬遠させるケースもあります。したがって家庭としてゆずれない一線は堅持すべきで、安易に妥協する必要はありません。とくに校風や本人の性格など、あいまい不自然な理由で塾が志望校変更をせまる場合は要注意です。どのような子供でも半年も通学すれば「その学校の生徒」になるもので、本当に校風や本人の性格が原因で問題が発生するなら、どこに進学しても結果は同じです。こうしたケースは必ず見抜けますから、みなさんの常識に照らして判断してください。普通の大人が考えて「おかしい!納得できない!」と感じられるときは、やはりどこかおかしいのだと思います。
大学受験でリスニングなどの会話重視の傾向が強くなって大幅に導入され、中学、高校での会話教育が進められると、TOEFLなどの点で見るかぎり、日本人の英語の読み書き能力はかなり落ちています。国際化という意味では、むしろ逆行しているとさえいえるかもしれません。日本人は英語がしゃべれないという点で、過剰なコンプレックスを感じているように思います。しかしこれは愚かしいコンプレックスであり、そうした考えは一刻も早く直したほうがいいのです。英語は、しゃべれたり聞けたりするよりも、英字新聞が読めるかどうかを基準にしたほうが現実的です。英語圏の人も、それが評価の基準です。もちろん、英語がしゃべれたり聞けたりすればそれに越しかことはないですが、読み書きのできる人はレベルの高い緻密な会話もできるわけです。その点を誤解したり、勘違いしたりしてはいけません。特に、英語の先生に強調しておきたいのですが、英語がしゃべれなくても英語教育はりっぱにできます。日本人をとりまく言語環境が英会話向きでないということも理由の一つですが、それ以上に知的意思疎通という点から見て、読み書きを中心とした英語教育に重要性があるからです。